for God’s sake



<6>



昼からのレースにも、ぼくは夢中になった。
レースに夢中になったというよりも、サラブレッドという生き物、競走馬という生き物に夢中になったのだ。
パドックで馬を見る。大人しく歩いているやつ、目をひんむいて興奮しているやつ、楽しそうにはずむように歩いているやつ、綱を引いているおじさんに甘えるようなしぐさのやつ、見ているだけで楽しい。
ぼくは、何となく気になった馬を先輩に教える。
先輩は、それに自分の予想を絡めて楽しんでいるようだった。
「麻野、楽しい?」
先輩は、何度も聞く。そのたびに、ぼくは頷く。
すると先輩はとてもうれしそうな顔をする。
その顔を見れるだけでも、幸せだと思う。夢のようだと思う。絶対に覚めてほしくない夢・・・・・・
ぼくたちは、パドックと馬場を何度も往復した。
そして、10レースが終わった時に、先輩が教えてくれた。
「11レースは、メインレースって言うんだけど、今日は北九州記念っていうこっちでは結構大きなレースなんだ」
「こっちではって?」
「だいたい、競馬ってのは、関東の東京・中山競馬場と、関西の京都・阪神競馬場がメインで、大きなレースはそこであるんだ。だから、ここ小倉では普通のレースしかないんだけど、この夏開催だけは小倉と北海道がメインだからさ」
「こんな立派な競馬場なのにね」
「おれもよく知らないけど、その4つの競馬場はもっと広いらしいよ。今度行けたらいいなっつうか、一緒に行こうな」
先輩、ぼくを誘ってくれてる・・・
「うん。さっきのゴッドオブチャンスが走ってるところ、また見たいです!」
ぼくがそう答えると、「そのためにも、今日、資金集めしないとな」って、先輩は笑った。
「あっ!」
新聞に目を落としていた先輩が小さく叫んだ。
「麻野、これこれ」
ぼくに新聞を見せる。
「この、ゴッドオブハピネスって、さっき麻野が気に入ってたやつのお姉さんだぜ?」
ほんとだ・・・お父さんとお母さんの名前が一緒だ。
パドックに足を運ぶ。
ゼッケンを見なくてもすぐにわかった。だって、そっくりなんだ。
栗色のぴかぴかの馬体。
ただ、オンナの子らしく、たてがみをきれいにピンクのリボンみたいなので編んでいて、頭にピンクのぼんぼりみたいなのをつけていた。
栗色の馬体にピンクの飾り、額に小さな白い星がひとつ。
さっき見た弟とそっくりだけど、何となく瞳がオンナの子らしい。
「かわいいね〜」
ぼくが、ため息をもらすと、
「そうか?おれは同じ牝馬なら、あっちの方がいいぞ?」
その馬は、栗毛で、顔の真ん中にきれいな流星を持った、たてがみが金色の、上品かつかわいい馬だった。
「―――先輩の好みがわかったような気がします・・・・・・」
「だって、麻野がオンナだったら、あんな感じだよ?まあ、馬にたとえればだけどな!」
喜んでいいのか、どうなのか・・・
「ところで、先輩、ぼくの3番の馬はどうですか?」
掲示板に目をやった先輩は教えてくれた。
「人気はないなぁ。単勝8番人気。ここのところ、惨敗続きだからな」
見せてくれた新聞の3番の欄には、15・8・10・10・12と書かれていた。目を覆いたくなる。
ふと、新聞の端に書かれた記事に目がいった。
『3歳時はクラシック戦線で掲示板を賑わせた。復活はあるのか?』
「先輩、ここにこんなことが・・・」
先輩が新聞を覗き込んだ。
「ほんとだ。こいつ、今5歳だから・・・2年前か・・・・・・だって血統いいもんな。弟だって今日勝ってるしな!麻野、応援してやれよ」
パドックを周回する彼女。
前を通り過ぎるたびに、語りかけた。



―――今日、きみの弟が勝ったんだよ?君も頑張って!―――



係員の合図で、各馬立ち止まる。運良く、ぼくの丁度前で、彼女は止まった。
じっとぼくを見てる・・・気がした。



―――弟なんかに負けないわよ―――



そう言ってる気がした。
ぼくは、今日二回目の馬券を買ってもらった。今度は千円。もちろん彼女の単勝馬券。
そして、結果は・・・
何と、彼女は一番にゴールに入った。
しかも、弟とは違い、最後にすごい勢いでどんどん他の馬を追い抜いて!

                                                                       




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